通勤列車











(その日付にはただ二月とだけ、)







 吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って。



 吐く。





 咽に力を込めて窒素と酸素と二酸化炭素アルゴンその他が含有される気体を気管へ送り込み、肺胞が酸素と二酸化炭素の置換を行った残りかすの空気を口を少しだけ開けて吐き出す。空気を吸うコツは咽から鼻にかけて息を止めるようにすること。息を吐くときは鼻から入ってくる気体と肺から上昇してきたそれがぶつかり互いの速度を相殺しないように気を付けること。それらを一分間に十回から一五回。瞬きを三秒に一回行うことも忘れてはいけない。心臓はきちんと鼓動しているだろうか肺動脈は二酸化炭素満載の血液を肺に届けているだろうかもしそうでなければ私が努力して呼吸している意味はまるでないではないか。肺静脈は新鮮な酸素を手に入れた赤血球を左心房に送り左心房に流れた赤血球と白血球と血漿達は左心室に潜り込んでいるだろうか大動脈は体中の毛細血管に血と栄養素を届けるだろうか血液は滞りなく組織液と混ざり細胞に栄養素を与えているのであろうか細胞は増えすぎもせず減りすぎもせずに一定の個数を保てるようバランスよく分裂しているであろうかその際染色体は正常にコピーされているだろうか。





 呼吸をしながら窓から差し込む光を見る。体内時計はきちんとリセットされているだろうか。腕時計は毎朝時報を聞いて合わせられるのだけれど。都心から離れるこの路線の電車に乗る客は少ない。私の向かい側の窓に接する座席には誰も座っていない。午前8時17分38秒、電車は駅のホームに滑り込んだ。二、三人の影が車内に入ってくる。灰色の背広黒のスーツ紺色のブレザー。その服もまた私の向かい側の席には座らず私が座っているベンチ型の座席に座る。私の胃は今朝食べたトーストとマーガリンと珈琲を消化しているだろうか胃液はちゃんと出ているだろうか腸はタイミングよく蠕動しているだろうか。いけない呼吸をしなければ。吸って吐いて吸って吐いて瞬きを三秒に一回。ああもう午前8時19分21秒だ。いつもより17,8秒遅い。運転手は何をしているもし駅に着くのが遅くなってバスに乗り遅れたらタクシーを呼ばなければならないではないか渋滞していたらと考えるだけで恐ろしい。







ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご







 トンネルに入った。窓に自分の像が映る。くまのできた顔がいつもより青白く見えて、思わず頬をさする。眠ると呼吸するのを忘れるから、薬を使って起きているようにしている。元から不眠症だったのでそんなに大変ではないのだがやはり体には悪いのだろう。しかし呼吸をしなければ生きていけない。目元をこするがくっきり浮かび上がったくまは消えてくれそうになかった。





 ふとガラスに映った私の横を見ると、サラリーマンやOL、学生の服を着た人間の像もまた珪素の表面に反射していた。そういえばガラスが液体であることを思い出す。

(このあたりから文字が少しずつ乱れ出す)

 紺色のブレザーにチェックのひだスカートを履いた三つ編みの少女はあれはまさか紅茶を差し出した茶色い瞳の少女ではないだろうか。背筋に冷や汗が流れた。ああ瞬きをしなければと思うが目はその少女に釘付けになる。





 突然少女の白い首がにょろにょろとうねり俯いた頭が宙に浮いた。編み込まれた三つ編みがちりちりと焼け焦げ長い長い黒蛇になりピンク色の爪はけばけばしく日の光に映える紫色に変色し服は裂け腹が割れて透明な液体を垂れ流す黄土色の長く鋭利な牙が無数に生え腕は縮み茶褐色になり伸びた首には蛇の鱗が剥がれてまとわりつき口が耳元までいやもっと後ろの方まで裂けて裂けてあああ赫い赫い二股に割れた細い舌がちろちろと覗きどうして他の乗客はなにも気付かないのかと視線を他の鏡像へ移せば背広やスーツの上にのっている生首には顔がなく首が取れそうなほどに深ぁい切れ込みから海色の液体がほとばしっていた。







 甲高い悲鳴が(うるさい)あがり(うるさいうるさいうるさい)それが自分のものだと理解する間もなくねぇどうして助けてくれなかったのねぇどうしてどうしてわたしあなたをみていたじゃないのあなたしってたんでしょうそうやってわたしをみすてるつもりしってるくせにしらないふりしていいわねそういうのらくだからでもわたしはあなたをゆるさないからそれだけはもちろんおぼえている









でしょう?










少女の窪んだ琥珀色のねとねとした目と目が合








(文字が乱れて解読不可能)









―アウト―



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