あなたと、歩いている。夜道を、歩いている。

 わたしは寝ぼけ眼で、意識の半分が夢を見ている。それが現実だとわかっている。あなたが夢だとわかっている。現実のわたしは、白い場所で歌を歌っている。こんな歌だ。

a2-6b+c=(a-c)2-(3b+c)(a-4c)



 何度も繰り返して歌を歌っている。そこにあなたはいない。




 あなたとわたしは病院に向かっている。水分を限界まで含んだ空気が肌にべたりと貼り付く。夜の中で、アスファルトの歩道には蚯蚓や蛭や、わたしの知らない種類の軟体生物がうぞうぞと這い回っている。海草も生えている。みんな朝がくると消えてしまう。けれど朝は決してやってはこないのだ。身体から植物を生やした軟体生物を避けて歩きながら、あなたにしがみつく。きもちわるい。

 ニホンカイガヒドクオセンサレテイルンダ。

 あなたはそう言い、生き生きと動く太い蚯蚓をまたぐ。これで一体何匹目だろう。這い上がる嫌悪感に身を震わせながらも、目を逸らせない。多足の蟲もたくさん這い回っている。それらを全て避けて歩くのはひどく億劫だ。わたしとあなたの足はふらふらと動く。どこからこんなにたくさんのおぞましい生き物が出てくるのだろう。


 現実のわたしは歌を歌っている。こんな歌だ。

a2-6b+c=(a-c)2-(3b+c)(a-4c)



 何度も繰り返して歌を歌っている。そこにあなたはいない。




 あなたは自動販売機でガムを買う。自動販売機はちょっとしたおもちゃも売っている。あなたの小銭で、わたしはガムと飴とおもちゃと、それらを入れる容器を買った。
 病院の医者はもう眠った後で、うすいピンクの制服を来た看護婦はそう告げた。彼女は入り口に蟲達が入らないよううすいピンクのカーテンを閉めた。道路と病院のあいだ、境界が引かれる。どこまでも続く直線。180°の絶対的な拒絶。わたしとあなたは境界をまたぎ、蛍光灯の光の届かない夜の闇へ戻る。看護婦が箒で床を掃いているのがカーテン越しに見える。

 あなたがガムを噛んでいる隣で、自動販売機から買った品を取り出そうと屈みこんだまま、わたしは動かない。頭の中で歌が響いている。白い空間で、わたしは歌っている。こんな歌だ。

a2-6b+c=(a-c)2-(3b+c)(a-4c)



 何度も繰り返して歌を歌っている。そこにあなたはいない。




 あなたがいないわけを知っている。
 脚が熱い。白い空間に私の姿が見える。

a2-6b+c=(a-c)2-(3b+c)(a-4c)



 何度も繰り返して歌を歌っている。そこにあなたはいない。



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